レンブラントのユダヤ人
物語・形象・魂
ジャンル[美術史・西洋思想]2008年5月20日発行
四六判上製・480(カラー口絵32頁)頁
定価:6,800円+税
ISBN 978-4-903174-16-7 C1071
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光の画家レンブラントとユダヤの隣人たち
その社会力学・文化情況を照らし出し、
[レンブラント神話]の虚と実を明らかにする!
′04、ピュリツァー賞
ノンフィクション部門 最終候補作品初訳
レンブラント──光と闇への旅
鈍色(にびいろ)の北海の霧の下に。
レンブラントとユダヤ人のつながりについては、思わせぶりな神話が一般に流布している。歴史上もっとも偉大な芸術家の一人がユダヤ人の文化に特別な愛着を抱いていたと、そのように私たちはしばしば聞かされてきたのである。ユダヤ人の聖書に捧げられた数多くの油彩画、ユダヤ的な主題への疑いようのない傾倒ぶり、ユダヤ人の表情に対する共感に満ちた肖像画群は、当たり前のように、レンブラントとユダヤ人にまつわる神話を数世紀も存続させてきた。
このような神話を本書は試金石に諮り、ユダヤ人、そして彼らの文化とレンブラントとの関係の虚と実をふるいに掛ける。簡潔かつ魅力的な文体で綴られるユダヤ的アムステルダムの旅──それは大工やレンガ職人がレンブラントの隣人のポルトガル系ユダヤ人の家を改修し、レンブラントの生活と生計手段を台無しにする1653年から語られる──の中で、スティーヴン・ナドラーは、レンブラントの肖像画のモデルとなったユダヤ人について、アムステルダムのユダヤ人地区の隣人たちとのありきたりの言い争いについて、さらにはヨーロッパの他の地域から迫害を逃れてきたセファルディ[ポルトガル系ユダヤ人]とアシュケナージ[東欧・ドイツ系ユダヤ人]に対してアムステルダム市が差し出した寛容な処遇について、さまざまな物語を私たちに聞かせてくれる。ナドラーが示してくれたように、17世紀オランダに輩出した数多くの著名な芸術家のなかで、ユダヤ的な主題にインスピレーションを得たのは実はレンブラント一人しかいないが、その一方でナドラーはさらに風景画で有名なヤコブ・ファン・ライスダール、建築内部の描写で名高いエマニュエル・ド・ウィッテといった他の芸術家にも視野を広げることで、ユダヤ人と彼らの宗教についての一般的な、しかも偏見なき当時の表現──それは中世からルネッサンスにかけて発達したユダヤ人に対する表現、すなわち、悪魔的に擬人化し、グロテスクに戯画化し、「アウトサイダー」として図像化するものとは決定的に異なる──にはっきりと見て取れるような、オランダとユダヤ人の文化の間に築かれていた稀有な関係についての、洞察に満ちた記述を残すことに成功している。
油彩画、銅版画、素描画を仔細に検討し、黄金時代のオランダの知的で社会的な生活を論じ、さらには自らのテーマを追求する彼自身の旅を通じ、ナドラーは過去と現在を行き交いつつ、ユダヤ的アムステルダムへと読者を案内してくれる。オランダ特有のどんよりと雲の垂れ込める空の下、激しく言い争うさまざまな性格の風変わりな人物たち、そして、華麗な芸術作品との出会いに満ち溢れた旅へ──。
(“Rembrandt’s Jews”〈原書フラップより〉)
目次
訳者まえがき レンブラントの影の中で── 一七世紀オランダ絵画とユダヤ人
一章 | 「ブレーストラート」で 発端──四番地の家 改修工事、その後 レンブラントの隣人たち セファルディたち 不承不承の寛容 絶世の美女マリア・ヌネス アシュケナージたち ある盗難事件 レンブラントの破産 |
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二章 | 破戒の図像 肖像画をめぐる諍い 「レンブラント神話」の虚と実 ロメイン・ド・ホーホの銅版画 美学的平等 第二戒──図像の禁止 ユダヤ人と絵画収集 アムステルダム絵画市場の実態 オランダ人のヘブライ主義 レイデン包囲と聖書の奇蹟 第二のエステル |
三章 | 悲運のラビ メナッセ・ベン・イスラエルの苦悩 モルテイラとアボアブ コンヴェルソの矯正 ラビの肖像画 ベルシャツァルの宴と謎の文字 美術表現におけるヘブライ文字 ダニエルの不穏な夢──分かち合われた希望 最後の賭け──悲嘆と失意に襲われて ある皮肉 |
四章 | 「エスノガ」 落慶式にて アボアブの嘆願 反目と統合 バウマンの名作建築 建築絵画の先駆者たち 風変わりな観光名所 エマニュエル・ド・ウィッテの三枚の「エスノガ」 その他の「エスノガ」の画家たち |
五章 | 来るべき世界 アウデルケルクのユダヤ人墓地 魂の不死性について サバタイ・ツェヴィとメシア主義の熱狂 墓石に刻まれた形象 風景画家ヤコブ・ファン・ライスダール ライスダールの謎《ユダヤ人墓地》 連鎖する謎 ドレスデンのゲーテ 描かれた来世 魂の交感 |
スティーヴン・ナドラー(Steven Nadler)
ウィスコンシン大学ユダヤ研究センター(The George L. Mosse/Lawrence A. Weinstein Center for Jewish Studies)所長、哲学教授。専門は、17世紀ヨーロッパ哲学。近年の主著として、「スピノザ、ある一つの生涯」(Spinoza: A Life. Cambridge University Press, 2001.)、「スピノザの異端説、魂の不死性とユダヤ人の精神」(Spinoza’s Heresy: Immorality and the Jewish Mind. Clarendon Press,2001.)などがある。
本書は、2004年のピュリツァー賞ノンフィクション部門候補としてノミネートされ、最終審査の段階で惜しくも賞を逃したが、レンブラント研究においては記念すべき作品である。
有木宏二(ありき・こうじ)
1967年、大阪府に生まれる。京都大学大学院人間・環境学研究科修了。現在、宇都宮美術館に学芸員として勤務。主に西洋近・現代美術の展覧会を担当。
早稲田大学理工学術院非常勤講師。専攻は美学・美術史。
主な著書、論文
「流氓ユダヤ」(『あうろーら』、21世紀の関西を考える会、1997年)
「マラーノの絵画 カミーユ・ピサロのサンサシオン」(『西洋美術研究 No.4』、三元社、1999年)
「美しき『器』の形象 シャガールとユダヤ神秘主義」(「マルク・シャガール展」カタログ、日本放送網株式会社、2002年)
『シャガール展 Marc Chagall and Jewish Mysticism』(企画:宇都宮美術館、編集・発行:谷口事務所、2007年)
『ピサロ/砂の記憶──印象派の内なる闇』(人文書館、2005年)
同書は、2006年11月18日、[第16回吉田秀和賞]を受賞。