ブックレビュー

「愛と無 自叙伝の試み」に関するレビュー

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これ全身シェイクスピアという学者の自叙伝

鶴ヶ谷真一 (エッセイスト・編集者)
『芸術新潮』2007年4月号 INVITATION BOOK 連載第15回 より

 神保町の書店でこの本を手にしたとき、「わたしは生来、子ども時代の描写が人の興味を引かないような自叙伝は読まないことにしている」という、C. S. ルイスの名言を思い出した。本を開いて幼年時代の章を少し読んでから、買うことにしたのだが、奇しくもC. S. ルイスが著者の恩師であったことをこの本を読んで知った。ときおり本がもたらすちょっとした偶然。
 1925年というから大正14年、ロンドンの郊外ウィンブルドンに生れた著者は、遥かな幼年時代を振り返って、まるでエデンの園に住んでいたようだったと語る。その小さな世界の中心にあったのは三つのC、つまり修道院(Convent)、学院(College)、そして教会(Church)だった。修道院にあった幼稚園は〈家から歩いて、ほんの五分ばかりだったが、毎日通ったその道は緑が深く、殊に晩秋、強い西風が枯葉を道に吹き散らせると、あたり一面、さながら落葉の海になったものだった〉。ピーター・ミルワード少年の生涯はその後、あとの二つのC、学院と教会によって導かれることになる。
 ウィンブルドンでの学業を終えた17歳の青年は、幼い頃いっしょにミサごっこをして遊んだ友達とともに、北ウェールズにあるイエズス会の修練院に入る。だが、素晴らしい自然のなかで営まれるそこでの生活は、志願者の半数が挫折するほど過酷なものだった。かねて聞かされていたように、そうした試練を無事に乗り切るには、何よりもユーモアのセンスが必要だということを、そのとき著者は会得したのだった。
 やがてオクスフォード大学に進学し、専攻を古典学から英文学に変更したイエズス会士は、初めてシェイクスピアを精読し、その天才に感服したばかりではなかった。
 〈実際、私は、シェイクスピアが私自身の中に、あたかも現に生きつづけているのではないかと感じざるをえない。(中略)少なくとも私自身の感じとしては、シェイクスピアがその劇の中で何を感じていたか、ありありとわかるような気がするのである〉
 敬愛する作家を真に理解するとは、そういうことであるにちがいない。
 早くから日本への赴任を望んでいた著者は、オクスフォードの最終試験を終えると、学位授与式も待たずに、海路、遠い日本へと出発する。28歳のときだった。以後、半世紀余り、英文学者、シェイクスピア学者、カトリック司祭、教育者、ときにはエッセイストとして、400冊に垂(なんな)んとする著書を刊行することになる。筆者にとって、『正統とは何か』を始めとするG. K. チェスタトンの紹介者として、その名は親しいものだった。
 本書にはシェイクスピアからの引用がちりばめられ、ときおり自作の俳句が顔を出す。ひろやかな卓見とユーモアにあふれている。話が茶の湯に及ぶと、利休は当時のイエズス会宣教師のあげるミサに出た後、自らの茶の湯を創出したのだという、まことに興味深い説が語られ、じつは利休はひそかにカトリックだったと考えるべき根拠さえあるという。その当否は別にして、何とものびやかな想像にさそわれる仮説ではないか。
 古き良きものを尊重する著者は、現代の日本に対して、こんな思いをしるしている。〈日本に住む西欧人としての私の使命は、日本人にむかって、彼らが現に破壊しようとしているもの、つまり、まことに賞賛に値する日本の伝統を、あらためて思い起こすよう促すことなのだ〉。

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