ブックレビュー

「漢とは何か、中華とは何か」に関するレビュー

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司馬遼太郎さんへの答え──。

 単なるジャーナリストとしてではなく、学術の面でもしっかり足跡をしるしておきたい。その気概にあふれた本である。著者の後藤多聞さんには出版社や新聞社の集まりで何度かお目に掛かったことがあり、今回この本を拝読し強い衝撃を受けた。
 1944年の生まれで、京都大の大学院で中国文学を学んだあと、NHKに入局。歴史番組やアジアを中心とした海外取材番組を担当した。NHK特集の「ビルマ2000キロ」「秘境ブータン」「秘境雲南」「大黄河」など後藤さんが関わった作品に感銘を受けたことを思い出す。
 20年前NHKスぺシャル「故宮~至宝が語る中華五千年」も私たちの視野を広げてくれた。
(中略)後藤さんは故宮の番組制作にあたって作家の司馬遼太郎さんからアドバイスを受ける。「漢とは何か、中華とは何かという視点を絶えず念頭におくように」と。以来、多民族国家・中国における漢民族、あるいは漢民族意識、中華意識の成立過程を探ってきた。司馬さんへの答えがこの学術書となった。
 読み進むうえで、私に元気を与えてくれたのはわが信州・飯山市出身の東洋史学者宮崎市定氏(1901~95)が引用されていることだ。宮崎氏は清時代の歴史解説書に見える「周隋唐皆出武川」(しゅうずいとうみなぶせんにいず)を京都大の東洋史専攻の学生たちに教えたという。周、隋、唐は中国の王朝名。武川はいまの内モンゴル自治区にある。つまり、三代の王朝は騎馬遊牧民族鮮卑(せんぴ)族の地に出自するというもの。周、隋、唐は純粋な漢民族から生まれたという思い込みに修正を迫るものだ。

三島利徳(文化ジャーナリスト・元信濃毎日新聞論説委員・「農民文学」編集長、小社刊『安曇野を去った男』筆者)

長野県カルチャーセンター『文章教室新聞』(2017年7月11日「読書欄」より。

中国とは何か~見事な文明論的アプローチ

 私は『文明の交流史観』(ミネルヴァ書房刊)以来、中国文明は草原の道、オアシス路、青海ルート、南海路など様々の“道”から流入してきた文化の混合と融合、統合によって、特に秦漢帝国以後に次第に作られてきた融合文明だと考えてきています。
 そして、そこでその統合に大きな役割を果してきたのが何度も北方から中原を征服した騎馬遊牧民族だったと思ってきました。そのことが今回の後藤多聞氏のライフワークでも“中華”の成立という観点から見事に跡づけられていて、「わが意を得たり」という思いでした。
 後藤氏の海外取材番組はよく拝見して参りましたし、ビデオなども教材に使わせていただいてきましたので親近感をもってお仕事ぶりを拝見して参りました。
 この度、長年の課題に取組まれた著書を出されたことは慶賀に堪えません。中国哲学でも中国文学でも中国史でもやっておられます方は多いが、それぞれの専門に集中していて、本書の主題である中国とは何かといった大きな文明論的問題には意外と無関心。そこをNHKディレクターならではの実体験に裏付けられたアプローチをされたところに大きな意味があると思います。読みごたえのある本を久々に読んだ感じです。

小林道憲(こばやし・みちのり。哲学、文明論。元福井大学教授。著書に、「著作集〈生命(いのち)の哲学〉コレクション」全10巻(ミネルヴァ書房)など)

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