「風の人──寺尾勇と飛鳥保存」に関するレビュー
明日香守った『風の人』!
本紙編著で足跡しのぶ本
裏方に徹した愛郷の人、
“毒舌”と筆で論陣張り貢献
奈良県明日香村を訪れると心が安らぐ。周辺の環境が激変する中で、ここが「日本の原風景」であり続けるのは40年前、「万葉のふるさとを守れ」と繰り広げられた「飛鳥保存運動」のお陰。その運動に重要な役割を担った寺尾勇・元奈良教育大学教授(2002年、94歳で没)の足跡を、当時の自筆文を中心にまとめた高橋徹&フロンティアエイジ編著『風の人──寺尾勇と飛鳥保存』(東京・人文書館、税込2500円)が7日に刊行される。
タイトル『風の人』は寺尾さんが好んだ「風」からとられた。(1)「風と共に──縁の下の力持ち」(2)「大和のこころと歴史的風土を守る──飛鳥保存キャンペーン」(3)「“まほろば”の明日のために──『俗化する大和』から『飛鳥保存』へ」(4)「哀愁の古都に立って──古代景観の保存と住民の暮らし」(5)「飛鳥の未来へ──寺尾試案(有料史跡公園化)」(6)「古代の青に遊ぶ──飛鳥歴史散歩」(7)「風の十字路──メディアが紹介した寺尾勇と飛鳥保存」(8)「歩けばカツカツと古代の音が──景観保存問題としての飛鳥保存運動」──の8章構成で304ページ。
飛鳥保存運動が起きたのは、高度成長で大阪通勤圏の橿原市がベッドタウン化し、東隣の明日香村との境界にある甘樫丘のふもとまで宅地化が進んだことが原因だった。
1969(昭和44)年2月22日、同村で開いた飛鳥京跡発掘調査の報告会参加者の中で、村と一体になって村内の古代遺跡と歴史的風土を守るための「飛鳥古京を守る会」づくりが始まった。設立総会を開いたのが翌70年3月7日。会長を引き受けたのは末永雅雄・奈良県立橿原考古学研究所所長だった。
副会長や委員、顧問に国文学、古代史、建築史、美術史の有名学者が名を連ねる中、「プロパガンダ」を担当したのが寺尾勇さん。奈良に住み、総理府歴史的風土審議会専門委員でもあった。奈良教育大で美学、美術史を教えて「毒舌家」を自認、「大和の俗化」を嘆き、口と筆で文化的景観の破壊に鋭い批判の矢を放ってきた名物教授。新聞や雑誌に寄稿し、飛鳥保存のキャンペーンをマスコミに熱心に働きかけた。
やがて国会議員による「飛鳥古京を守る議員連盟」が発足するなど、保存運動は盛り上がりを見せて6月28日、同村を訪れた佐藤栄作首相は甘樫丘からの「国見」の場で保存を約束した。
寺尾さんの思いはそこで終わらない。「住民生活を無視して保存はあり得ない」と、村人の暮らしを守る法律の制定を訴え続けた。72年3月に高松塚古墳から極彩色壁画が発見され、「古代史の中の飛鳥」の意義がさらに高まったうえ、議員連盟と奈良県の粘り強い運動が実って80年5月、念願の「明日香村特別措置法」が施行された。
飛鳥保存は行政やメディア、一般市民など多くの力で実現した。寺尾さんも生前、「飛鳥保存への貢献」を自ら口にしたことはない。だが青山茂・帝塚山短大名誉教授がこの本に寄せた「縁の下の力持ちだった」という言葉の通り、大きな役割を果たしたことは疑いない。
世界遺産の登録条件の中に20世紀末、ようやく文化的景観が組み込まれた。その先駆的な運動でもあった飛鳥保存の意義を考える上で、興味深い一冊の誕生となった。
『フロンティアエイジ』2010年3月3日(水) 1面 より
〈この記事は、フロンティアエイジの許諾を得て転載しております。無断で複製、送信、出版、頒布、翻訳、翻案等著作権を侵害する一切の行為を禁止します〉