「耳を澄まして 音風景の社会学/人間学」に関するレビュー
繊細で優美な文体、生命の鼓動を感じさせる思想のエセー。
『耳を澄まして』に寄せて
『耳を澄まして』では、音や音風景を通して、芸術や人間存在が見事に論じられているのに感心しました。音の社会学、音の人間学というのは、私などの気が付かなかった斬新な発想であり、新分野だと思います。
文字通りセンスのある品格の高い、繊細で優美な文体、生命の鼓動と郷愁さえ感じさせる思想のエセー。しかも、父娘一体となった共作とも言える諸論文、今は亡き娘さんが作品の中に参加しているという実に特異な作品だと思いました。
〈生命〉〈大地〉〈身体〉〈間〉〈行為〉など、キーワードを追っていくだけでも、私の芸術論とも通じる著作だと思いました。
感性を通して、世界のなかで行為し創造している自己とは何かを追究していくと、個体の中にだけにはとどまらず、環境に開かれ、場に開かれ、世界に開かれていく。ホドスを辿っていけばトポスに出合う。生きられる世界、生きられる空間、生きられる時間を、特に音風景を通して明らかにしていく著者の表現力は、独特のものと思いました。
日本の庭園の鹿おどしの音に全宇宙を感じ、全てを含む沈黙の空間と時間を見つめる著者の眼差し、共感するところが多々ありました。
ゲーテや西田幾多郎への言及も、共鳴するところです。
小林道憲(哲学者。著書に『芸術学事始め 宇宙を招くもの』(中公叢書)などがある)
2016年7月6日